太宰治 ゆかりの地

太宰治

太宰治 ゆかりの地

富士河口湖町と太宰治について

太宰治は戸籍名を津島修治、明治42(1909)年青森県北津軽郡に生まれ、青森県北津軽郡に生まれ、青森中学校時代に芥川龍之介(1892-1927)に憧れ文学の道を志しました。
自虐的ですが絶妙な語り口で人間の偽善を告発する作品を数多く発表し、戦後は無頼派(ぶらいは)文学の騎手としての役割を担いました。
主著に「走れメロス」、「人間失格」、「斜陽」、「桜桃」などがあります。

太宰治は、昭和13(1938)年、29才の時に心身の疲れを癒す為、師と仰ぐ井伏鱒二(1898-1993)に誘われて富士河口湖町御坂峠の天下茶屋に滞留しました。
この時の体験を基に「富嶽百景」、小説「カチカチ山」(「御伽草子」収録)が書かれます。


太宰治

富士河口湖町には太宰が滞留した天下茶屋2階の文学記念室(旧太宰治文学記念室)に太宰の関連資料が残されており、その近くには文学碑「富士には 月見草が よく似合ふ」(「富岳百景」より)があります。
またここ天上山中腹の央平(なかばだいら)には文学碑「惚れたが 悪いか」(「カチカチ山」より)があります。
御坂峠の天下茶屋までは車で30分ほど掛かりますが、央平までは遊歩道を下って20分ほどの距離です。

在りし日の氏を偲びつつ山を下りながら、ゆっくりと流れる時間と豊かな自然に身をゆだねてみてはいかがでしょうか。


昭和23年(1948)年 人間失格執筆の頃 撮影 田村茂
昭和23年(1948)年
人間失格執筆の頃
撮影 田村茂

小説「カチカチ山」について

さて「天上山=かちかち山」説はどうしてうまれたのでしょうか?
その謎を紐解く一つの鍵が、作家・太宰治(1909~1948)の存在です。
太宰は自信の小説「カチカチ山」(「お伽草紙」収録)の冒頭で、<これは甲州、富士五湖の一つの河口湖畔、いまの船津の裏山のあたりでおこなはれた事件であるといふ。>と書いています。実は太宰治、昭和13(1938)年に富士河口湖町御坂峠の天下茶屋に滞留しています。この太宰の記述がこの小説の根拠の一つとなっているようです。

では太宰の小説「カチカチ山」とは、一体どんな小説なのでしょうか。

一言で言うと昔話「かちかち山」の太宰流パロディ版です。太宰はまずウサギの「残酷な仇討ち」に注目し、この残酷性は年頃の少女に共通するものと考えました。次にタヌキの「どんなにこらしめられてもウサギを信頼してついていく」点に注目し、このひたすらな信頼は年頃の少女に恋してしまった中年の男に共通するものと考えました。


昭和20(1945)年10月「筑摩書房」より刊行
昭和20(1945)年10月
「筑摩書房」より刊行

つまり太宰はウサギを美少女、タヌキを愚鈍な中年男として物語りを展開していくのです。
男である太宰はウサギを美少女、タヌキを愚鈍な中年男として物語りを展開していくのです。
男である太宰は、とにかくタヌキ(中年男)に同情します。ウサギの執拗な仇討ちを<武士道の作法ではない>とか、<どだい、男らしくない>とかいています。そして小説のラストでウサギに騙されて河口湖に沈んでゆくタヌキに、最後のセリフを吐かせたのです。
「惚れたが悪いか。」ユーモアいっぱいの小説「カチカチ山」、是非一度読んでみてください。